第2章 デフレを理解するためのマクロ経済学入門 (2)

インフレ率と失業率

 次に言及しなくてはならないのはインフレ率と失業率の関係である。インフレ率と失業率の間には、インフレ率が上がると失業率が下がり、インフレ率が下がると失業率が上がるという関係がある。いわゆるフィリップス曲線である(図5A)。フィリップス曲線の最初のものはインフレ率ではなく、名目賃金の年変化率であったが、現在はもっぱらインフレ率で説明することが多い。

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図5 フィリップス曲線(A)と自然失業率を考慮したフィリップス曲線(B)

 ただし、これだけの説明では不十分である。なぜなら、インフレ率が上がれば失業率が下がるのであれば、ハイパーインフレにすれば失業率は限りなくゼロに近づいてしまうからである。それはありえない。実際には、インフレ率を上げても失業率は、ある値で下げ止まりがおきてしまう。これは社会構造上やむを得ないことであり、このときの失業率を自然失業率と呼ぶ。自然失業率が存在する理由はいくつか考えられる。例えば、転職をするときには必ずしも次の職を見つけてから退職するわけではないのでその間は失業者となるし、産業構造の転換により、古い産業で働いている人が解雇され、新たな職を見つけるまでに時間がかかるといったことが考えられる。したがって、異なる国の失業率を比較する際には注意が必要である。例えばアメリカでは日本よりも転職が盛んなので必然的に日本よりも失業率が高くなる傾向がある。自然失業率を考慮して描いたあらたなフィリップス曲線は図5のようになる。
では、実際に日本のインフレ率と失業率の関係はどうなっているであろうか。図6が1980年から2011年の日本におけるインフレ率と失業率をプロットしたものである。日本においてもフィリップス曲線が当てはまることが明確に確認できる。

日本の失業率とインフレ率の関係
図6 日本の失業率とインフレ率の関係

 以上より、デフレの状態においては、

1.物価の下落を待つために買い控えが起こりやすい
2.実質金利の上昇により、借金の返済が難しくなるので、新たな事業拡大を控える圧力が働く
3.お金の価値が上昇するので、投資をして利益を拡大する必要性がインフレ時よりも小さくなる
4.失業率が高くなる

といった影響が存在することが考えられる。

 では、デフレには良い影響はないのか。

 それは、デフレと言う不景気をもたらす要因にもなる状況下で生き抜いてきた企業たちである。不景気の中でも、公的援助なしで生き抜いてきた企業は、本当の意味で国際競争力があると言っていいだろう。もし、今の日本がデフレから脱却できたとすれば、現存する公的援助を受けていない日本の企業は、圧倒的な国際競争力を持って世界経済を牽引していけると言える。ただし、「公的援助なし」というのを強調したい。日本には、大企業だけでなく、中小企業も政府から支援を受けている場合がある。大企業であれば、法人税の税率を下げてもらうなどの優遇税制を強いている場合もあるし、中小企業にしても、経済産業省や厚生労働省といったところから補助金をもらっている企業がある。そのような企業は、本当の意味での国際競争力を持っているとは、必ずしも言えない。公的援助を受けずに、この長期不況を乗り切ってきた企業こそが本物の国際競争力を持っていると言えるだろう。そもそも、補助金をもらうためには、様々な資料の作成が必要になる。経営者と生産者の境目があいまいになっている場合、資料の作成に時間を使うよりも、利益を生み出すためにどうすればいいのかを考えるほうが将来的に見てもプラスだ。一時だけもらえる補助金をあてにしていては、補助金がもらえなくなったときに結局は困ることになる。そもそも、政府(実際には役人)が本当に助けるべき企業をきちんと選別できるとは思えない。本来ならばとっくに倒産してしまうような企業に延命措置を施していては、経済の活力が失われていくのは目に見えている。

 また、デフレで不況下においても給料が定期的に上がる、または下がらない人にとっては、デフレは大歓迎であろう。たとえば、公務員がその典型だ。なぜなら、デフレで物価が下がれば下がるほど、給与が一定ならば買えるモノの量は多くなるからである。したがって、公務員でないにしろ、大企業に勤めていて安定して給料をもらっているエコノミストは、自身の経験から、「給与は年齢とともに上がっていくからデフレは好ましいことだ」ということを平気で本に書いたりする。

 前述したように、デフレでは企業は利益を上げにくくなる。そこで、企業は経費を削減しようとする。経費削減の方法の一つが人件費の削減だ。企業が雇う人には正規雇用者と非正規雇用者がいるが、まずは、非正規雇用者の賃金をカットするだろう。それでも足りなければ非正規雇用者を解雇する。そして、人件費削減の魔の手は正規雇用者にも及ぶ。このように、まず、弱者から切り捨てていく。「給与は上がっていくからデフレは好ましい」という人はまったく弱者に対する配慮が欠けていると言わざるを得ない

インフレの影響

 インフレの影響はどうであろうか。

 これは、デフレの逆を考えればよいので、簡単に述べるにとどめる。インフレでは、物価が持続的に上昇していく。すると、消費者はモノの値段が上昇する前に購入しようとするだろう。したがって、インフレではデフレよりも好景気をもたらしやすくなる。

それとともに、インフレでは、通貨の価値の下落が挙げられる。同じモノを購入するのにも、インフレが進めば、多くのお金が必要となる。つまり、1円あたりの価値が下落しているわけだ。インフレでは、何もしなくても現金の価値が下がっていく。
また、借金の返済が容易になる。通貨の価値が下落するからである。また、通貨の価値の下落による影響のほかに、インフレでは好景気をもたらしやすくなるので、企業は好景気を予想し、積極的に事業拡大をしようとするし、そのために借金をしようと動く。銀行の方も好景気を予想すれば、デフレでは貸せなかった企業でも、お金を貸せるようになる。

 また、通貨の価値が下落するので、内部留保の多い企業は、資産の目減りを食い止めるために、利益を生む活動をデフレ下よりも積極的に行おうとする。
こういった一連の流れにより、インフレは、デフレよりも好景気をもたらしやすい。また、好景気になれば、消費過多、言い換えれば需要不足になるので、物価が上昇しやすくなり、よりいっそうインフレを促すことになる。これが行き過ぎると、バブルに発展していくという弊害も存在する。

デフレの原因

 デフレの原因はなんであろうか。いくつかの原因があるが、まずは3つ上げよう。

1.需要不足
 まずは、需要不足である。つまり、消費者が消費をしないから、企業は消費者が買ってくれる値段まで価格を下げる。また、消費者一人一人の消費量が変わらなくても、人口が減っていけば、全体として消費量が減るので、デフレにつながるという意見もある。

 日銀総裁の白川氏も、「日本のデフレの原因については基本的に需要不足にある」との見解(ロイター、2011年3月6日)を示しており、白川氏は「デフレが先行して改善することはない」としている。

2.技術の進歩

 技術の進歩により、同じモノを低価格で提供できるようになった結果、物価の下落につながる。

3. 円高

 円高になると、海外の製品を安い値段で購入することができる。例えば、1ドル100円のとき、アメリカで2ドルで売っている製品を購入しようと思えば、200円払う必要があるが、円高により、1ドル80円になれば、160円で購入することができる。日本円で見れば、価格が下落している。為替が影響を及ぼす製品は幅広いので、個別のモノの値段だけでなく、全体として価格が下落する。また、輸入品が安くなるのと同時に、輸入商品と競合している国内産の商品の価格も下落するので、物価の下落要因になるというわけだ。

 以上、3つが、デフレの原因として言われる代表的な理由である。しかし、これまで述べてきたことを考えれば、デフレの原因としてこれら3つだけを挙げるのは十分ではない。デフレの原因としては、ほかにも、マネーストックという概念を理解しなければならないのだが、マネーストックの話をする前に、これら3つがどこがおかしいのかという点について言及しておこう。