第2章 デフレを理解するためのマクロ経済学入門 (3)

3つのデフレの原因のウソ

1.需要不足

 なぜ需要不足が起こるのかということについて考える。前述したように、デフレだから買い控えが起こる。したがって、需要不足の原因はデフレということができる。しかし一方で、デフレでも何らかの原因で需要が喚起されれば、モノの値段は上昇していくことになるので、需要不足が解消された結果、デフレが解消するということもいえる。需要不足が先に生じた場合、

需要不足→デフレ→需要不足→デフレ→・・・

ということになるし、デフレが先に生じた場合、

デフレ→需要不足→デフレ→需要不足→・・・

ということになる。いわゆるデフレスパイラルだ。したがって、需要不足がデフレの原因だというのは、半分正解で半分間違いといえる。

また、人口減少により需要が減り、これがデフレの正体だという説もある。いわゆるデフレ人口減少論だ。これも完全な間違いである。これを示すには、人口が減少している国で必ずデフレになっているのかというのを調べればよい。なぜなら、人口減少がデフレの原因であるというならば、人が減少している国であれば必ずデフレでないといけないということになるからだ。

 実際には、人口が減少している国でデフレになっていない国はたくさんあり、一つの例として、ドイツを挙げてみよう。図7のように2003年以降、ドイツの人口は減少が続いている。では、インフレ率はどうなのかというと、人口が減少している間もプラスの範囲で変動している。つまり、インフレであるということだ。

ドイツの人口とインフレ率
図7 ドイツの人口とインフレ率

 「人口減少がデフレの原因である」という命題が偽であることの証明は、一つ反例を示せば十分なので、これで人口減少によって、デフレがもたらされるというわけではないことが示された。ちなみに、ドイツ以外にも探せばたくさん出てくる。

2.技術の進歩

 技術の進歩がデフレの原因だということに対しては、この章の最初に述べたように間違っている。というのも、技術の進歩によりある商品の価格が下がると、ほかの商品への需要が増える。そうすると、需要が増えた商品は需要過多になり、価格が上昇する。こういったことも起こりうるため、技術の進歩がデフレに直結するというわけではない。そもそも、技術は常に進歩しており、技術の進歩によってデフレが招かれるとしたら、常にデフレになっていなければいけないが、現実にはそうなっていない。

3. 円高

 円高により、輸入品の価格が下がり物価も下がるというのは正しいだろう。では、なぜ円高になるのかということを考えなければならない。為替を左右する要因は様々であるが、長期的に見れば、マネーストックやマネーサプライに依存する。マネーストックに関しては次に述べる。

デフレの本当の原因

 デフレの原因について、しばしば言及される原因3つは前述したとおりである。しかし、デフレの本当の原因は違う。それは、通貨の総量である。
 ある国があって、仮にA国としよう。A国で出回っているお金の総量は10000円で、銀行などによる信用創造がない場合を考える。そして、この国では、鉛筆さえあれば食べることも飲むこともでき、生きていけるとする。つまり、A国にある「モノ」は鉛筆だけというわけだ。別に鉛筆じゃなくてもいいのだが、簡単のため鉛筆で説明することにする。

 1990年、A国では鉛筆が100本あるとする。すると、全ての鉛筆はお金の総量10000円で奪い合うことになるので、鉛筆1本当たり100円ということになる。2010年、技術の進歩により、鉛筆が125本生産できるようになったとする。お金の総量が10000円のままであるならば、鉛筆1本あたりの値段は、80円になる。つまり、デフレである。この国の場合、鉛筆しか生産されてないので、技術の進歩によって、鉛筆の生産量が増えれば、結果として物価が下がることになる(図8)。20年かけて20円安くなったので、1年あたり1円安くなったとすると、1年あたりでは約1%のデフレになる。なぜなら、表3のように、年がたつにつれて、値段が下がっていくので、1円の重みが増してくるからである。
 このように、生産量が増える、すなわち、経済が成長してもお金の量が一定ならば、デフレが進んでゆく。ところが、デフレには前述したような弊害が多くあるので、A国の政府はデフレにならないようにお金の総量を調節しなければならない。今の例で行くと、2010年には、お金の量は20000円に増やす、すなわち金融緩和をしなければいけなかったのである。

通貨供給量と価格
図8 通貨供給量と価格


 このようにして、デフレは通貨の量で調節することができる。しかし、現実には鉛筆だけしか生産しないということはありないし、銀行による信用創造によって、実際の現金の量の何倍にもお金の量は膨れ上がるので、ここまで簡単には調節できないが、基本的には同じ原理であると考えてよい。ここでは分かりやすくするためにこのような単純な貨幣数量説で説明したが、本書は単純な貨幣数量説を支持しているわけではないことはここで強調しておく。

通貨量の指標

 通貨量をはかる指標には、いくつかある。その代表的なものが、マネタリーベースと呼ばれるものやマネーストックと呼ばれるものである。マネーストックは、以前はマネーサプライとよばれていたが、指標の改定により、マネーストックと名称が変更になった。海外ではマネーサプライと言うことが多い。
マネタリーベースとは、現金の総量のことで、市中に流通している現金と日銀の当座預金残高を合わせたものを言う。日銀の当座預金残高とは何か。市中の銀行は、日本の中央銀行である日本銀行に、口座もつ。その口座に預けているお金の総量のことを日銀当座預金残高という。例えば、日銀が、市中の銀行が保有する国債などの債権を購入すると、日銀はその銀行が日銀に持つ口座にお金を振り込む。こうすることで、マネタリーベースを増やすことができる。日銀が直接的に操作できるのがこのマネタリーベースである。ベースマネー、ハイパワードマネーなどと呼ぶこともあるので注意したい。本書では、マネタリーベースを用いることにする。
 一方、マネーストックとは、世の中の企業や個人が所有する通貨の量のことである。このように書いても分かりにくいので、もう少し詳しく書く。銀行はお金を貸すことができる。例えばA銀行が100億円の預金を集めたとする。そのうち、95億円を企業に貸し出したり、住宅ローンとして個人に貸し出したりする。そうすると、その95億円はまわりまわって、B銀行やC銀行の預金となる。なぜなら、企業がお金を借りて投資すれば、支払いのために銀行に振り込むからである。そうすると、B銀行に50億円やC銀行に45億円といった形でそれぞれの銀行の預金額が増える。B銀行やC銀行は増えた預金によりまた貸し出す。このようにして、最初100億円だったものが、銀行による信用創造により、何倍にも膨れ上がる。このように何倍にも膨れ上がったお金の合計のことをマネーストックと言う。したがって、銀行による信用創造があれば、マネタリーベースの拡大がなくても、マネーストックは増えていく。

現在の政策金利

 実は、現在はマネタリーベースの量が金融政策の中心的な役割を担っている。
しかし、その前に伝統的な金融政策について説明しよう。伝統的な金融政策では、政策金利を調節することで、金融緩和や金融引き締めを行う。古くは、公定歩合とよばれるものが政策金利であった。公定歩合とは、日本銀行が民間の銀行へ貸し出しを行うときの金利であり、民間の銀行は、日銀からお金を借りて融資する場合、公定歩合よりも低い金利でお金を貸してしまうと損をすることになるので、公定歩合に応じて金利を定める。日銀は、景気が悪いときには、公定歩合を下げることで、民間の銀行の金利を下げ、お金を借りやすくし、景気が過熱しすぎたときには、公定歩合を上げることで、民間銀行の貸し出しを抑制し、沈静化させる。

 1994年10月までは、預金金利などの民間の金利は規制により、公定歩合に依存して定められていた。しかし、現在は、1994年10月に民間銀行の金利が自由化されたため、公定歩合の操作により民間の銀行の金利を操ることはできなくなった。そのため、公定歩合はもはや政策金利ではなく、日銀は2001年に公定歩合という名称をやめ、「基準割引率および基準貸付利率」という名称に変更した。公定歩合のかわりに政策金利の役割を果たすのが無担保コール翌日物の金利である。無担保コール翌日物とは、銀行等が一時的に資金を調達する際に行う銀行間の取引で、担保なしで短期資金のやり取りを行う。借りた日の翌日に返済するので、この名前が付けられている。あるいは、オーバーナイト物とも呼ばれる。無担保コール翌日物は、金融機関の資金繰りをする際の最終調整の場であるので、日銀はこの時の金利を調整して金融政策を行う。従がって、無担保コール翌日物の金利が政策金利となる。では、公定歩合あらため「基準割引率および基準貸付利率」は何の役割を果たすかと言うと、コール市場での金利の上限を果たす役割となっている。

 筆者が中学生だったころは、公定歩合という用語を社会の公民で学習した。公民を習う中学3年生のときは2003年だったので、すでに公定歩合という名前はなくなっていたはずだが、実社会での現状が教育現場にまで反映されるのは遅いからか、社会の先生が経済に疎いからなのか、すでに政策金利として意味をなさなくなっている公定歩合という用語を習った。テストにも「景気が悪いときに中央銀行が行う金融政策を答えよ」という問題が出て、「公定歩合を引き下げる」と書いた記憶がある。

 ちなみに、現在の政策金利である無担保コール翌日物の金利は、2012年1月現在、0~0.1%であり、日銀によれば、事実上のゼロ金利政策であるということである。

 政策金利は、それ自身だけではなく、さまざまな金融商品の金利に影響する。例えば、政策金利が下がれば、その国の国債の金利も下がる傾向にある。そうすことで、現金の需要を増やし景気を刺激するというわけだ。

 アメリカの政策金利も0.25%と低く、それに伴いアメリカ国債の金利も低くなっている。そうすると、アメリカも日本も金利はゼロパーセント近傍で、両国とも同じような金融政策をとっていることになる。金利を低くするということは金融緩和政策である。しかし、アメリカのインフレ率は約2%で、日本のインフレ率は0%近傍ないしマイナスであり、長引くデフレから完全には抜け切れていない。この違いはどこに現れるのだろうか。
 それは、マネタリーベースに現れる。アメリカと日本の間の金利の差がなくなってくると、金融政策において重要になってくるのはマネタリーベースなのである。