第3章 税収増加のための経済政策 (1)

 この章では、実際に税収を増加させるためにはどうすればよいのかということを述べる。税収は景気が良くなると増加する。結論から述べると、デフレ下では景気が良くなりにくいので一刻も早くデフレを脱却する必要がある。その為にも日銀の金融緩和は重要である。これについては、これまでも再三再四述べてきたが、金融緩和が税収に及ぼす影響について触れてみたいと思う。

経済政策とは

 まず、経済政策と言うことについて説明しよう。先ほど紹介した高校入試でも「金融政策」という言葉が出てきた。私が教えた生徒をみると、金融政策と財政政策ということですら区別できていない人が多いという印象をうけた。まずはこの二つから簡単に説明する。

 マクロ経済政策は財政政策と金融政策に分けられる。財政政策とは、政府が行う経済政策のことで、道路や新幹線を作ったりするインフラ整備が真っ先に思い浮かぶ。しかし、最近では、エコポイント制度やエコカー補助金といった消費刺激策や、定額給付金や子ども手当と言ったものも財政政策に含まれる。すなわち政府が行うお金がかかる政策が概ね財政政策なのである。

 金融政策とは中央銀行、日本でいえば日銀が行う政策のことである。これは、今まで述べてきたとおり、政策金利を上げ下げしたり、国債を買い入れることで市場に資金を供給するといったものである。

 以上、簡単に財政政策と金融政策について説明した。政府がやるか日銀がやるかの違いだけだと思われるかもしれないが、この区別は明確にしておく必要がある。

財政政策の効果

 日本はこのところ、「失われた20年」といわれ、長期的な景気の停滞に苦しんでいる。中には、量的緩和の効果により200年代中ごろには景気が良い時期もあったが、結局、日銀の量的緩和策の打ち切りや、リーマンショック後の日銀の対応の悪さにより、給料が十分に伸びず、完全に景気が回復しないまま好景気は終わってしまった。今や、失われた30年にもなるのではないかと言う見解すらある。

 ではこの間、政府は何もやってこなかったのか。ぱっと思い出すだけでも、地域振興券をはじめ、定額給付金や民主党になってからは子ども手当などが支給された。さらに、エコポイント制度といった間接的な需要喚起の財政政策がとられたこともある。もちろん、それぞれ制度的な問題点も指摘されるが、これらの政策により一時的な需要喚起の効果はあってもそれは長続きはしなかった。そもそも税収が減少していっているのにそのようなお金を使う政策ばかりやっていては、国債発行額が増加し、財政が良くなるはずがない。しかも、政府がお金を使った分だけ税金として再度入ってこればいいのだが、投入したお金の量よりも入ってくる量は少なくなるのは当たり前である。財政政策だけでは景気の抜本的な回復は難しいのである。しかし、ここで注意したいのは、財政政策がまったく無意味と言っているのではないということである。財政政策も極めて重要であるという認識は持っているということは強調しておく。

 実は、現在の日本では財政政策だけでは効果がないというのは理論的に示されている。まず、その理由の一つとして、日本はすでに道路などのインフラは十分に整備されたので財政支出の効果が薄れてきているという人がいる。しかし、財政政策の効果が薄れてしまう理由はそれだけではない。

 財政政策の効果として挙げられるのが、クラウディングアウトである。財政政策を行うと、政府の先導によって需要が増える。すると、国民所得が上がり、社会全体の貨幣重要が増えることになり、金利が上昇することになる。ここで、貨幣の供給量が増えれば貨幣需要も貨幣供給も増え、金利は上がらないが、財政政策だけを行った場合は金利が上昇してしまう。そうなると企業の投資が減り、総需要は減ってしまう。結果として、政府が「政府支出」を増やして総需要を喚起させたのに、金利の上昇により企業の投資が減ってしまう。これをクラウディングアウトという。財政政策の弊害の一つがこのクラウディングアウトで、どのくらい影響が出るのかはわからないけれども、財政政策の効果が一部ないし全部相殺されて無効化されてしまう。

 もう一つの理由として挙げられるのが、日本が変動相場制をとっているという理由である。これは1999年にロバート・マンデル氏とジョン・マーカス・フレミング氏がノーベル経済学賞を受賞した理論である「マンデルフレミング理論」によって明らかにされている。この理論の結論を言うと、変動相場制では財政政策の効果はなく、金融政策の効果が大きいというものである。先ほどのクラウディングアウトの説明でも述べたが、財政政策を行うと多かれ少なかれ、金利は上昇する。金利が上昇すると投資家は金利が高い方に投資先を買えるので円買いが生じ、円高となる。この円高が輸出の減少および輸入の増加という形で、公共投資の効果が海外に流出してしまうわけだ。逆に、固定相場制ならば金融政策に効果はなく、財政政策の方が効果があるという結論になる。固定相場制の場合には、財政政策を行うと金利が上昇し円買いが起こる。ここまでは同じ。円買いにより国際資本が流入すれば、マネーストックの増加をもたらすので、クラウディングアウトの影響が小さくなるのである。

 変動相場制において公共投資を行うと円高になるというのは、日本でも現象として確認されており、阪神淡路大震災が起こった1995年、4月19日に円は当時の最高値である1ドル79円75銭を記録した。これは、大震災の復興で公共投資が増えたことにより、マンデルフレミング理論で説明した現象が起き、円高となったのである。1990年代にいくら財政政策を行っても一向に景気が回復しなかったのはこのためである。

経済成長と税収

 ここでようやく本題に入ろう。税収を上げるにはどうすればいいのかということだ。それは、もう経済成長するしかない。実は、税収増加率と経済成長率には次の関係がある。

 税収増加率=税収弾性値×名目成長率  (4)

すなわち、名目GDPが1%増加すると税収が何%増加するのかを表す指標である。ちなみに、名目成長率と実質成長率の間には、おおよそ、

 名目成長率=実質成長率+インフレ率  (5)

の関係が成り立つ。厳密に言えば成り立たないが、それぞれ10%程度の率であれば、この近似式が成り立つ。実質成長率とは、実際の額面上の成長率(名目成長率)にインフレ分を差し引いた成長率ということになる。この実質という概念がなぜ必要なのかと言うと、過度なインフレになると実際の経済は対して成長していないにもかかわらず、名目では大きな成長率となってしまうので、インフレを考慮した指標が必要となるのである。名目と実質と言う概念の違いは重要なのでぜひ理解してほしい。よく、実質成長しているのだから名目成長率なんでどうでもいいじゃないかというような乱暴な意見も聞かれるが、実質成長率が2%で名目成長率が0%ならば、2%のデフレということになり、これは看過できない。また名目成長率が伸びないということは、税収が伸びないということであり、財政にとっても大きなマイナス要因である。

 さて、話を税収弾性値に戻そう。税収弾性値に用いる値にはいろいろあるが、財務省が行う試算では、1.1が用いられることが多い。すなわち、名目成長率が1%でもたった1.1%しか税収が増加しないというわけである。一方で衆議院議員の金子洋一氏は税収弾性値は4であるということを国会の予算委員会で指摘しており、実際の税収弾性値はどうなのかは良く分からなかったので、1998年~2011年の税収増加率と名目成長率(ともに対前年比)の関係をプロットしてみた(図14)。それをもとに回帰分析により引いた直線の傾きは2.7となり、税収弾性値としては、2.7が過去のデータとして得られた。

名目成長率と税収増加率の関係
図14 名目成長率と税収増加率の関係

 なお、税収弾性値を考える際になぜ名目成長率なのかという点については、実質成長率と税収増加率の関係をプロットしてみるとわかる。名目成長率でプロットした場合は、直線の切片はほぼゼロになるが、実質成長率でプロットすると傾きは2.4であり、切片はマイナス3となる。このことを考えて、(4)の式を比例の式ではなく、一次関数の式で考えても良いと思われるが、パラメータが少ない方が楽なので、名目成長率で観がれば十分であろう。

 こうしたことを考えるに、とにもかくにも経済成長をする必要があるということが言える。昨今、日本のマスメディアの論調では日本の経済成長は無理だから、成長なしで生きていくためにどうすればいいのかを感がなければならないというようなものが目立つようになってきた。しかし、成長なしという状態こそ不可能なのである。図11のGDPの推移をみると分かるが、名目GDPはほぼ横ばいであるが実質GDPは傾きこそ小さくなっているものの、増加傾向にある。これはデフレが邪魔していることで実質GDPは伸びているにもかかわらず、名目GDPが伸びていないというだけであり、日本のように失われた20年と言われる状態であっても実質GDPは伸びているのである。

 税収で考えた場合には、名目成長率で考えた方が良い。なぜなら、インフレを考慮すれば国債償還はインフレ時の方が償還しやすいからであり、実質成長で考えるべきではない。国債は国の借金であるので、第2章でも説明したが、借金はインフレの時の方が返しやすい。まずは、名目成長率を上げることが必要なのである。

 実は、名目成長率が4%をこえるとプライマリーバランスは改善するという傾向にある。プライマリーバランスとは国の収入と支出のつり合い状態をみたもので、国債費関連を除いた基礎的財政収支のことを言い、

 PB=税収―一般歳出(国債費償還や利払い費を除く)

であらわされる。これが黒字、つまり税収が一般歳出を上回った状態ならば、新たに国債を発行しなくてすみ、これが続けば財政は改善してゆく。逆に歳出の方が大きければ足りない分を国債を発行して補わなければならないので、財政は悪化すると言える。したがって、プライマリーバランスは財政の健全度を示す指標の一つと言える。また、名目GDPとプライマリーバランスは相関があり、名目GDPが増えるとプライマリーバランスは改善する(図略)。

 中には、インフレになって、名目成長率が上がると国債の金利が上がり、政府は利払いに苦しくなって財政を悪化させるという人もいる。実は、名目成長率が4%程度が続くと、3年目までぐらいは、経済成長による税収増よりも、利払いの増加の方が大きくなる。しかし、新規の国債を発行する分が減ることや、償還の実質負担が軽減されることで、4年目以降は利払いの負担の方が小さくなる。財務省の試算では直近3~4年程度しか出しておらず、利払い負担が大きい期間のみを出しているので誤解されやすいので注意が必要である(高橋洋一「バランスシートで考えれば、世界のしくみが分かる」p165‐171)。

 名目成長率が4%というのが本当に達成できるのかどうか疑問に思うかもしれない。1991年以降、名目成長率が4%を超えた年はない。リーマンショックの影響から立ち直った2010年は、前年の落ち込みが大きかった影響で、4%近くになったが、それも一時的である。しかし、実質成長率を見てみると、2000年~2007年(リーマンショックの前年)の実質成長率の平均は1.73である。それにインフレ率を2%とすると、3.73%となる。つまり、(5)式を用いると、当時、インフレ率が2%程度になっていれば、名目成長率の平均は3.73%となり、もう少しで4%に届くことになる。外国で見ても名目成長4%というのは珍しくもなんともない。人口減少している国であってもだ。日本は無理というのは、成長を放棄しているだけだ。少なくとも政治家が言うことではない。

 実質経済成長に関しては、企業が利潤を求めて普通に活動するだけで、1~2%の実質成長率は確保できる。企業は常にどうしたら効率よくモノやサービスを提供できるかを考えている。それが企業というものである。そのおかげで、日々わずかではあるが生産性は向上する。普通に暮らしていても感じると思うが、例えば、部屋の家具の配置を変えることで生活がしやすくなったり、シャープペンシルを書きやすいものに変えることで作業がはかどったりといった小さな生活のしやすさの向上と同じで、企業も少しずつかもしれないが、生産性向上に努めている。こうした少しずつの変化が日本全体で、年間通して行われることで、実質成長率は1~2%は確保できる。アジア通貨危機やリーマンショックといった突発的な出来事がない限り、実質GDPは増えていくのである。

 人間は現状に満足せず、常に高みを目指して生きているではないか。少しでもいい給料をもらいたい、頭が良くなりたい、そう思うのが常だ。実質経済成長とはただそれだけのことである。ただ、日銀によるデフレ策により、経済成長の足を引っ張られているだけなのである。