第3章 税収増加のための経済政策 (2)

なぜ金融緩和をしないか

 結局、税収を増加させるという点においても、デフレから脱却することは大事であるということが確認できた。デフレから脱却し名目成長率あがると、財政も改善されるというわけだ。ではなぜ積極的に金融緩和をしないのであろうか。これに関しては様々な思惑があると考えられる。

1. 公務員の立場から

 これまでも述べたように、デフレとは物価の持続的下落であるから、もし、給料が一定あるいは上昇していく立場の人であれば、デフレは大いに好ましい。その最たる例が公務員であろう。公務員は年齢とともに給料が上昇するし、身分保障もあるのでよっぽどのことがない限り辞めさせられることはない。つまり、公務員は国民の奉仕者なのであるが、奉仕しなくても、もっといえば、多少国民に対して不利益なことをしても、首になることはない。そうであれば、デフレと言う国民全体にとっては不利益な状態を放置するのは公務員の立場からしてみれば至極当然のことである。公務員と言う一部の特権階級の人にとってはデフレの方が好ましいからである。

 これを解消するためには、公務員の給料をGDPに連動させる形にする必要がある。ジェームス・スキナー氏は、「国家公務員、準国家公務員、地方公務員の平均年間賃金コストは、国民ひとり当たりのGDP×2・7の金額を上回ってはならない」という法案をつくるべきだと主張している。2・7というのは、1世帯当たりの平均人員であり、つまりは、公務員は一般国民以上の収入を得るべきではないという主張である。そうすれば、公務員はGDP(この場合は名目GDP)を上げようと努力するだろう。それが自分の給与上昇につながるからである。今の公務員をみていると、とくに官僚に多いのだが、「国民のために奉仕する」という観点がごっそり抜けおちている。そういう思いがあれば、一般国民よりも多くの収入を得ているのに、さらに増税により国民からお金を召し取ろうなどという発想はしないはずだ。以前、とある財務官僚(女性・30代)の話を聞くと、とにもかくにも増税だ、消費税率アップだと主張していた。私の先輩にあたるわけだが、勉強はできても自分の頭で考えれない典型的な例だと思った

2.財務省の立場から

 財務省の立場から考えてみよう。財務省はまずは増税、すなわち税率のアップをしたい。そのためには、国債をどんどん発行して財政危機をあおって、増税にこぎつけたいわけである。なぜ税率のアップをしたいかというと、それだけ省益に適うからである。省益とは、省の権限を広げることである。例えば、所管産業に対する権力や、天下り先の拡大などがそれである。

 税率をアップするとなぜ財務省にとって良いのか。

 消費税をアップするとなれば、軽減税率が適用されることになる。食品に対する税率を考えてみても、デンマークのような食料自給率が100%を超えるような場合はともかく、日本で食品すべてに一律25%の消費税となったら、国民はたまったものじゃない。そこは税率が下げられることになるであろう。問題は、どこまで税率を軽減するかである。例えば、新聞各社は産経新聞や東京新聞など一部を除いて、読売、朝日などはおおむね増税には賛成の論調である。それは、新聞には軽減税率が適用されるだろうからで、今後消費税増税が決まった際にも新聞には税率が高くならないようにしてもらうために財務省に媚を売り、増税賛成路線をとっているといわれている。こうして財務省の影響が及ぶ産業が増えることは財務省にとって望ましい。天下り先としても利用できる。

 とにかく、財務省は増税したいのである。そこで、デフレから脱却し、インフレになり、名目成長率が4~5%になってしまうと、増税しなくても税収は増加してしまう。それでは、財務省にとっては都合が悪い。場合によっては増税なしで財政再建ができてしまう恐れがあるので、それが国民に知れてしまっては増税しにくくなってしまう。そういった思惑があるから財務省はデフレ万歳なのである。

3.日銀の立場から

 日銀の立場から考えると少し複雑になる。まず、財務省からみれば、日銀なんて支配下にある組織である。先ほど触れた財務官僚が講師となったセミナーでも、日銀は財務省の影響下にある組織として説明された。そのため、日銀からしてみると、財務省に対してはあまり良いイメージを持っていないであろう。就職の際も、日銀と財務省どっちも受かった場合、大抵は財務省に行く。財務省の人事の人は、「日銀に行きたいなら、うちから出向させてあげるから」と誘う。出身学部を見ても、財務省は東大法学部が多いが、日銀は東大経済学部が多い。法学部は主に文科1類、経済学部は文化2類の人が多く、大学入試では文科1類の方が偏差値が高いので、その時点ですでに日銀と財務省の間には確執があるのだ。

 これが金融緩和とどのような関係があるのだろう。日銀が金融緩和、その中でも量的緩和をする際には、政府つまりは財務省が発行した国債を買い取ることになる。日銀からしてみれば、国債を買い取ることは財務省が発行した国債なんて買いたくないというわけである。

 さらに、日銀は1990年代のバブル崩壊後、金融引き締め的な政策を行ってきた。2000年のゼロ金利政策解除、2006年の量的緩和解除はともにデフレから脱却する前での解除であった。現在の白川総裁からしてみれば、ここで積極的な金融緩和策をして景気が良くなれば、先代の日銀総裁が行ってきた金融政策が間違いだったことを証明することになる。先代の顔を立てるためにも、デフレ政策を遂行しないといけないというわけである。

3.外国の立場から

 日本の円高・デフレは国内の問題だけではない。海外からしてみれば、デフレ・円高が放置されているということは、資産を円で保持していれば安全であるということである。アメリカやヨーロッパは不況になれば積極的な金融政策を打つ。すると、通貨の価値が下がっていく。そうすると、資産が目減りしていくので、安全な資産保有先がほしい。それが日本円であるというわけだ。実は、こうした海外の投資家(中央銀行の幹部やら政治家やら)が日本に対して金融緩和しないような圧力をかけているとの指摘がある(ベンジャミン・フルフォード「仕組まれた円高」)。

 また、海外からしてみれば、景気が悪くなると、金融緩和をして、自国通貨安政策をすることになるわけだが、日本が金融緩和をしないということは日本円に対しては相対的に円高・自国通貨安となるわけだから大歓迎でもある。

 以上述べたように、金融緩和をしない理由としてはいくつも考えられる。どこまで本当かは分かららないけれども、リーマンショック後、日本が他国に比べて金融緩和を行っていないというのは事実である。どのような理由であれ、デフレ・過度な円高を放置している日銀は売国的である。

なぜ金融政策にこだわるか

 これまで本書では、金融政策の重要性について指摘してきた。第1章では政府の資産について言及したが、政府の資産を取り崩しても国債がすべて償還されるわけではない。政府の資産だけでは足りない。

 今でこそ官僚による国民資産の無駄遣いが指摘されるが、1990年以前でも状況は変わらなかったはずだ。だけれども今ほど指摘はされてなかったと思う。昔のような固定相場制では財政政策の効果があったということもあるし、社会構造的にも、今ほど少子高齢化が進んでなかったということも挙げられるが、結局は、日本が経済成長をしつづけてきたからこそ、問題が顕在化しなかっただけのように思う。

 また、財政政策だけを行った場合は、クラウディングアウト効果があり、変動相場制の下ではマンデルフレミング理論により、財政政策の効果はなくなってしまう。金融緩和を伴わなければ景気は良くならない。そして、景気が良くなれば、もう少し明るい未来が待っているだろう。

 ただし、忘れてはいけないのは、リフレ策は日本を浮上させるための必要条件であるということだ。金融緩和を行ったからと言って、財政の問題、年金の問題が解決されるわけではない。当然、焼け太りした官僚達にメスを入れる行政改革、景気を刺激するために必要な財政政策も大事な要素である。デフレから脱却し、名目成長率が上がり、税収が増える。それでも足りない部分は増税するしかない。リフレ派は一見して増税反対派に見えるかもしれないが、増税賛成派である。しかし、「増税する前にやるべきことがあるでしょう!増税はそれから!」というスタンスである。きちんとしたマクロ経済政策を行えば国民負担は小さくできる。

 折しも、3月9日には副総理である岡田氏が、国家公務員の2013年度の新規採用人数について、各府省に対し、09年度比で平均7割程度を削減するよう総務省を通じて要請していたというニュースが報道された。大変残念なニュースである。年寄りの高給取りの官僚に対してはメスを入れず、若者の採用を減らす。若者の採用を増やそうと努めるべき政府が率先して若者を排除しようというのである。言語道断である。岡田氏によれば、「民間企業ならまず採用を抑えるところから入る。公務員は途中で辞めてもらうことは難しいので採用で抑えるしかない」ということだが、果たしてそうだろうか。民間なら、今いる社員の給与を下げたり、リストラをして対応するのではないだろうか。採用を一時的に減らすということはその時だけ穴ができるということである。将来的に考えれば、好ましくない。確かに、公務員は容易には首にできないかもしれない。ならば、給与削減をしたり、早期退職を勧奨しても良いのではないだろうか。今の政権は若者にとって非常に厳しい政策を次々と打ち出す。消費税増税にしてもそうだ。年金の財源としてというならば、お金に余裕のあるお年寄りには年金は払わないでほしい。お金に余裕のない若者からむしり取って、財産豊富なお年寄り(もちろん一部だが)にお金を渡すなんてはなはだおかしい。将来世代にツケをまわさないというが、現役の若者にはどんどん負担をかけて良いというのか。確かに、そういった政策は投票率の高いお年寄りに対しては不人気だろう。それをやらないのは、お年寄りの票を気にしているだけなのではないか。しばしば、消費税増税と言う国民に不人気な政策を進めているというが、本当は、消費税増税と言う、お年寄りに人気な政策をしているだけなのではなか。そしてそれは財務省も望むことなのである。