第2章 デフレを理解するためのマクロ経済学入門 (1)

 企業の経営が苦しいとき、まずすぐにできるのは、前章で述べた資産の売却や、人件費の削減である。それと同時に行うべきは、利益をアップさせることである。簡単にできることではないかもしれないが、必ずやらなければいけないことだ。これを国の場合に当てはめてみると、税収のアップということになる。難しい話ではない。税収を増やすこと、すなわち増収である。注意したいのは、増収が大事なのであって、増税(=税率アップ)ではないということだ。

 

 1997年4月に消費税が3%から5%に引き上げられた。つまり、増税をしたわけである。では増収となったか。

 答えは否だ。

 

 1997年は1月~3月における駆け込み需要などもあり、増収したが、1998年以降、税収が1997年を上回ることはまだない。結果的に全体としては税収は減ったのだ。消費税率を上げたのに税収は減ったのである。これに対して、消費税を上げる一方で、1998年には法人税を下げた(37.5%→34.5%)からだという意見がある。また、1997年7月から始まったアジア通貨危機の影響があったとの反論がある。しかし、財務省は税収は増加すると考えていたのである。それならば、アジア通貨危機が落ち着いたら税収は増えるのではないか。増えないにせよ、消費税率を上げる前と同じ程度の税収にまで回復するはずではないのか。

 国の借金が膨らんだらやること、それは税率のアップではない。税収をアップさせることなのである。このことを忘れてはいけない。では、税率を上げずに税収をアップするにはどうしたらよいのか。そのことを話す前に、まず、簡単な経済学のことから話そうと思う。

 

    デフレとインフレ

 日本を長らく悩ませていることの一つにデフレという現象がある。デフレとは、物価が持続的に下落することである。個別の商品の価格の下落について言うのではないということに注意したい。個別の価格に関しては、その商品が広く普及するにつれて、あるいは技術の進歩により低コストでつくれるようになるにつれて、価格が下落していくということは十分に考えられる。それを持ってデフレと言うのは間違いだ。デフレとは一般物価の持続的下落のことをさす。ある商品の価格が安くれば、浮いたお金で他の商品を購入することがある。そうするとその商品は需要過多になり、価格は上がる。そう考えると、個別の商品の値段の下落だけをもってデフレと言うのは間違いだということがわかるだろう。

 インフレについても同様に定義すると、一般物価の持続的な上昇と定義できる。デフレやインフレの定義については、あいまいに語られることが多いので、明確にしておくことが重要だ。より厳密には、消費者物価指数の2年以上連続して下落することということもある。とにかく、デフレやインフレというのはマクロ経済学的な概念であるということを強調したい。

 

    デフレの影響

 人によっては、デフレは悪いことという認識をしている人もいるだろう。特に、日本のような長期的なデフレや、将来的にもデフレが進行するだろうと思うことは、経済にとって良い影響とは言えない。逆に、インフレについても、行き過ぎたインフレは生活に支障が出る。これまで5㎏1000円で購入していた米が次の月にはいきなり10万円になったら困るであろう。

 デフレの影響について説明しよう。

 くどいようだが、デフレとは一般物価の持続的な下落のことを指す。

 簡単に説明する。まず、消費者がデフレを予想する。つまり、物価の下落を予想する。消費者の心理としては、少しでも安くなってから買おうと思うから、消費に対して消極的になる。これでは景気が良くなるわけがないというわけだ。これが、デフレは悪といわれる理由の一つだ。

 これに対して、「消費者は必要だから商品を購入するのであって、価格が下がるのを待ってまで買い控えをしない」という反論がある。その通りである。お米がなくなったら米を買う。洗剤がなくなったら洗濯ができないから洗剤を買うだろう。このような生活必需品やそれに準ずるものに対する買い控えは少ないだろう。

 しかし、急ぎで必要としていない場合はどうだろうか。もっと言えば、企業の立場ならどうだろうか。企業は個人とは比べ物にならないくらいの額の消費をする。装置を購入するのにだって、何千万、何億とかかるなんてのはザラにある。それなりに利益を生み出していて事業を拡大しようかという企業であっても、デフレなので、もう少し待とうかと、個人消費者よりも慎重になるのは当然といえよう。

 さらに、デフレが及ぼす悪い影響として、借金の返済が難しくなるということがあげられる。デフレとは物価の持続的下落だということは再三再四述べたが、それは裏を返すとお金の価値の上昇ということになる。同じものを買うのにしても、少ない量のお金で買うことができるのだから、1円当たりの価値は増えていると言えるのだ。

 簡単な例で考えよう。例えば、2000年に千円を借りたとする。そして、これを2010年に返すものとする。そして、2000年には、鉛筆は1本あたり50円だったとすると、千円では20本買えることになる。デフレにより、2010年には鉛筆が1本40円になったならば、千円では25本買えるので、2010年の方が千円の価値は高いということになる。借金の金額は千円そのままなので、返済が難しくなるのだ。実際には利子もつくので、より困難になる。

インフレと金利
図4 インフレと金利

    実質金利と名目金利

 つまり、デフレは、見かけは金利がゼロのようにみえる無利子の貸与型奨学金でさえも、金利がついてしまうのである。お金がないから大学に行けないという人に対して奨学金をもらえば良いというのはそんな簡単な問題ではないのだ。(もちろん、返済不要の奨学金なら問題ないが。)

金利には、次の関係がある。

 実質金利=名目金利―インフレ率  (1)

 名目金利とは、借金をするときの額面上の利子率のことで、100万円借りて、1年後に返済、年率10%ならば、利息は10万円、返済の際には、元金と合わせて110万円を支払うことになる。ここでも、借金をした時の年の鉛筆1本50円として、1年前と物価が同じ(インフレ率ゼロ)ならば、110万円では鉛筆を2万2千本買うことができる。1年間で2%のインフレになったならば、鉛筆は1本51円になるので、110万円では、21568本購入できることになる。また、鉛筆1本51円ならば、元金100万円では19607本買えることになるので、インフレ率が2%の場合の金利は8%と言うことになる。

 つまり、お金を貸す側は、インフレ率を考慮に入れなければ、損をするわけだ。例えば、インフレ率が5%のときに、年率3%の利子でお金を貸していたのでは、お金を貸した人の方が損をすることになる。したがって、お金を貸す人が提示する金利、すなわち名目金利は、

 名目金利=実質金利+予想インフレ率  (2)

という式を満たすことになる。お金を貸す人が予想するインフレ率の分だけ実質金利に上乗せをして金利を設定するわけだ。ちなみに式(1)や式(2)をフィッシャー方程式と呼ぶ。

 では、デフレの状態では金利はどうなるだろうか。デフレのときは、インフレ率はマイナスになる。したがって、いくら名目金利をゼロにしても、実質金利はプラスのままだ。例えば、名目金利がゼロで1%のデフレならば、実質金利は1%となる。
いくら無利子の奨学金とはいっても、デフレならば、きちんと金利がつき、事実上、利子のある奨学金ということになる。貸し手側が「低金利ですよー」と甘い言葉をかけても、日本は長引くデフレから脱却できておらず、実質金利は見かけ上の金利よりも大きくなる可能性は十分ある。今日のような日本銀行の政策が続く限り、デフレ脱却の期待は薄いので、実質金利は名目金利いじょうになるのだ。

 このように、デフレには借金返済がより難しくなるという側面がある。これは、個人にとっては大きな影響はないかもしれないが、企業にとっては影響は大きい。多くの企業は、何らかの借金をして、それを使って設備投資を充実したり新たな事業を展開するなどして利益を生み出す。たいていの企業は、何らかの形でお金を借りて運用している。銀行に借りることもあれば、日本政策金融公庫などの政府系金融機関から借りることもある。つまり、企業が利益を生み出すためには程度の差こそあれ、借金が必要になってくるわけだ。

 しかし、デフレの状況を考えてみよう。前述のように、デフレ下では、借金の負担は次第に重くなっていく。そして、ほかの企業も積極的な投資を控える中、借金をしたとしても、十分な利益が生み出せるかどうかは不透明な状況になってくる。そうなれば、企業は、積極的な投資、事業拡大等を控えるようになるだろう。そうなれば、金融機関からお金を借りなくなる。一方、金融機関もデフレ下では借金返済が難しくなるので、バブル期には融資していたような企業にも融資をしなくなる。こうして、利益を生み出して経済成長させていく原動力ともなる企業が、消極的な経営をし、経済成長を阻害する原因ともなる。

 デフレが経済を委縮させるという理由の一つがここにある。これでは、例えば、新しく会社を興そうという場合でも、せっかく将来利益を生み出すような事業だとしても、資金のめどが立たず、起業を断念するという場合も出てくる。日本でベンチャー企業が台頭してこない原因にもなる。(もっとも、日本の場合は、デフレ以外にも原因は考えられるが。)

 デフレとは裏を返せば、通貨の価値の上昇である。デフレの状況では、お金を持っていれば、何もしなくてもお金の価値が上がっていくので、無理をして何かに投資する必要がなくなる。ほおっておけば儲かるからだ。企業の内部留保は、2000年以降、上昇している。内部留保のうち、設備投資として生産活動に使われている部分もるが、現金や金融商品等の流動性の高いものもある。これらは、本来ならば、新たに投資をし、事業を拡大していくべきものであるが、近年、特に大企業における内部留保は拡大していっている。デフレでは、これら金融資産の価値も何もしなくても上昇していくので、インフレ時よりも無理をして事業拡大をする必要性が小さくなる。