第2章 デフレを理解するためのマクロ経済学入門 (7)

インフレターゲット

 インフレターゲットとは、インフレ率を何%にするように金融政策を行いますよと中央銀行がコミットすることである。したがって、2%のインフレターゲットを実施している国で、インフレ率が1%であれば金融緩和をするであろうことを市場は予測して予想インフレ率は上昇するし、インフレ率が5%であれば金融引き締めを行うであろうことを予測し、予想インフレ率が低下する。反リフレ派の中には、インフレ率は欧米において高インフレを退治するためのものだという誤解があるが、インフレターゲットはその時のインフレ率に応じて金融政策を行うので、インフレ退治のためだけのものではない。インフレターゲットはイギリス、ヨーロッパ、韓国など先進諸国のほとんどの国で採用されている。1月にFRBも採用したことから、G7でインフレ目標を採用していないのは日本だけとなった。略してインタゲと呼んだり、インフレ目標と呼んだりもする。

 2月14日の日銀の発表は、1月にFRBが行ったインフレターゲットの発表を受けてのものだと考えられる。物価の目標を1%と言うことで日銀も事実上のインフレターゲット的な政策を行っていることを市場に明言したわけである。しかし、この目標は不十分である。第一に、諸外国では2%前後のインフレ目標を掲げているのに対し、日銀は1%。あまりにも低すぎる。さらに、10年以上続くデフレの状況を考えれば、一定期間はインフレ率を3%や4%と少し高めに設定しなければ、先進諸国の物価上昇に追いつかず、円高是正は限定的となる。さらに、日銀は明確にはインフレターゲットとは言っておらず、物価目標1%を達成できなかった時のペナルティーも存在しない。インフレターゲットを採用している国の中でも目標を達成できなかった場合のペナルティーについては温度差がある。イギリスやニュージーランド、スイスでは目標を達成できなかった場合、中央銀行はなんらかの責任を負う制度になっているが、日銀は目標が達成できなくてもなんのお咎めもない。しかも、これまでも日銀の「『中長期的な物価安定の理解』は、『消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、中心は1%程度である』」としていたが、まったく達成されていない。今回も、見せかけだけの金融緩和ではないのかという見方もあるが、市場は今度こそはきちんとやってくれるだろうという期待感があったのであろう。

 これまで主要国のインタゲの歴史はまだ浅く15年~20年程度であるが、これまで中長期的にインフレ目標の達成に失敗したことはなく、経済成長率もインフレ目標採用前よりも高く安定している。また、インフレターゲット採用国発のバブル崩壊による金融危機も起きていない(岩田規久男「デフレと超円高」p197)。

 こうしたことから日本も一刻も早くインフレターゲットを採用するべきである。実は、国会議員の間でも日銀法改正に向けた動きは出ている。みんなの党は2010年に、日銀に対してインフレ目標を課す法律を議員立法で提出している。この法律はさらに日銀の目的として「雇用の安定」も明記しており画期的な法案であったが成立はしなかった。雇用の安定に関しては、前述したフィリップス曲線を考えれば、金融政策によってある程度は調整することが可能である。アメリカのFRB(日本の日銀にあたる)は、政策目標として「物価の安定」と「最大の雇用」を掲げており、日銀よりも重い責任を課されている。

 また、2月14日の日銀の追加金融緩和の発表を受けて、衆議院議員の宮崎岳志氏が事務局長を務める「円高・欧州危機等対応研究会」(会長:小沢鋭仁氏、幹事長:馬淵澄夫氏)は日銀に対して、

(1)インフレ目標を2%超とする
(2)3月12、13日の金融政策決定会合でさらなる金融緩和に踏み切る
(3)「物価安定」の目的に「雇用」を位置づけること
(4)コアCPIを「生鮮食品を除く総合」から「食品・エネルギーを除く総合」に切り替えること

等を柱とした緊急提言を行っている。

日銀の独立性

 こうした政治の日銀への介入にしたいして、しばしば、日銀の独立性の問題が指摘される。中央銀行の独立性とは、政府が金融政策をできるようになると、国民の支持をとるため、積極的な財政政策を行う傾向があり、その際に貨幣発行を自由にできるようになれば、インフレが加速し、ハイパーインフレとなってしまうので、貨幣を発行できるのは中央銀行だけで、中央銀行は政治から独立して存在しなければならないというものである。これは欧米でも当たり前のことで、日本でも日銀は政府から独立した存在となっている。

 そこで、先ほどのような国会議員からの提案やインタゲは政治介入なのではないかという話になる。ポイントは、独立の意味の違いである。欧米諸国で中央銀行の独立と言えば、〝手段の独立〟ということである。手段の独立とは、金融政策の目的ないし目標は政府単独あるいは政府と中央銀行が協力して定め、それを達成するために中央銀行が行う金融政策の方法は独立であるという意味である。すなわち、デフレから脱却するのに、政策金利を下げてもいいし、預金準備率の引き下げでも良いし、量的緩和でも良いし、そのほかの金融政策でもいいという意味である。ところが、今の日本では、〝目的の独立〟まで日銀に与えられている。つまり、日銀がデフレが良いと思えば、デフレのまま放置できるわけである。これは中央銀行に行き過ぎた独立性を与えてしまっていることになり、好ましくない。さらに付け加えよう。日銀が行う金融政策が市場に行う影響は大きく、例えば、金融緩和を刷ると事前に分かっていれば、株高になるので、株を買っておけば儲かる。しかしこれは明らかにインサイダーである。しかし、日銀総裁はそれをやっても逮捕されない。福井総裁がいい例だ。日銀総裁はインサイダー取引をしても総裁の職を辞することもないし、逮捕されることもない。独立にも程がある。ちなみに、スイスでは中央銀行総裁の妻が株のやりとりをしていてインサイダーの疑惑が浮上し、失職することとなった。日本はあまりにもおかしい。

リフレ

 話を戻そう。これまで述べてきたように、数%程度のマイルドなインフレを維持するように金融政策をおこなっていこうとする経済学者らを総称してリフレ派と呼ぶ。しかし、例えば、インフレ率2%前後で維持しようというのは、日本を除く主要国からしてみれば当たり前の政策であり、リフレ派の主張は世界標準である。リフレ派というよりも、リフレに反対派が日本には多いので、リフレ派とは、実際には反リフレ派に対して反反リフレ派という感じだ。

 「日銀は不況のときは、金融政策として国債を買い入れ、民間に出回る資金量を豊富にする」というのは常識で、平成23年度の東京都立高校入試の社会の問題にも出題されており、中学生の間でも常識だ。わざわざリフレ派と呼ぶのはおかしな話である。

 国会議員は一刻も早く日銀法を改正してインフレターゲットを採用し、日本を世界標準のマクロ経済政策運営をする国にしていただきたいものである。